悲しい過去にサヨナラ、新しい驚異の年を受け入れましょう。今年がより魅惑的で、よりすごく、より素敵で、よりすばらしくて、より美しくて、より輝かしいものになりますように。国民皆が安寧に暮らせるよう切に願っています。
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2011年は「annus miserabilis」(悲惨な年)でした。日本の歴史上、最も悪い年として人々の記憶に残ることでしょう。もちろん、311の地震・津波・それに引き続いて起こった福島原発事故のせいです。
その日は、私は東京でいつも通り仕事をしていました。地震が起こった瞬間は廊下にいて、まわりが揺れ始めたときは、高血圧のせいでめまいでも起こしたのかと思ったんですが、天上からぶらさがっていた糸状のものまで揺れているのを見て、これは自分ではなく周りが揺れているのだと確信したのもつかの間、揺れの振幅が大きくなり始め、1995年に西宮で経験した阪神淡路大震災を思わせるほどのひどい揺れが1〜2分続きました。その間、なすすべもなく身をまかせるよりほかありませんでした。
揺れがおさまって、オフィスの中に入ると、みんな騒然としていました。机の下に逃れる人、本棚の本が落ちないように支える人。テレビがつけられました。どの局も震災の特番をやってました。政府から津波警報が全国的に出されましたが、1年前のチリ地震の際も三陸沖に津波警報が出されて結局たいした被害もなく終わっていたので、このときはあまり深刻にとらえていませんでした。
しかし、約1時間後、テレビを見ると、海水が堤防からあふれ、沿岸の道路から田んぼを洗い流し、果ては車から建物からその他すべてにわたってなぎ倒していくのが見えました。あまりにも現実感に乏しく、まるでアクション映画でも見ているかのようでした。
その日は夜中まで会社にいることを余儀なくされました。東京も地震のせいで交通機関が止まっていた上に、ネットワークに故障が発生して復旧しなければならなかったからです。夜中になって電車が動き出しましたが、電車は帰宅を急ぐ人でごったがえしていたので、私は1時間歩いて帰宅したのでした。
そのあと、最初の2日間は、道には車が動けずにあふれかえっていました。道がすいたあとは、ガソリンが不足し始めました。ガソリンスタンドの前には車がいっぱい列をなして給油を待たなければなりませんでした。幸い私の車は1週間前に満タンにしていたので助かりました。
私にとっては、震災後の日常生活はそれほど困るものではありませんでした。トイレットペーパーが不足しましたが、1週間前にコストコで大量に買い込んでいたおかげで一人身には十分すぎるぐらいは確保していました。放射性物質のせいでペットボトルの水がコンビニやスーパーから姿を消しましたが、お茶やジュースは普通に売ってました。被災地の方々に比べれば、私の不便など取るに足りないものでした。
震災後の最初の数週間、日本中の人々は一つになりました。阪神淡路の場合とは違い、地域的な問題ではなく日本全体の問題として考えられました。みんな被災者のことを考え、募金やボランティアなどで被災者を助けようと努力していました。このマインドは美しく、日本が誇るべき美徳の一つといってよいでしょう。
今年最後の日にあたり、今年自分が何をしたり経験したかを振り返るときが来ました。この出来事は忘れられないことですが、私の年末振り返りはもっと明るい話題にフォーカスしたいと思います。
2011年のキーワードは、クルマ、イギリス文化、そして中国です。
クルマは、1月に3年ぶりにクルマを買ったことです。マニュアル車の運転はじつに17年ぶりです。運転に早く慣れるようにYouTubeでドライビングレッスンを見たりしたものです。
イギリス文化という点では、かねてから行ってみたかった福島県のブリティッシュヒルズに今回行けたことです。
最後の中国は、1月に上海出張、11月に香港へプライベート旅行に行ったことです。大陸へは初めて、香港へは6年ぶりでした。ホントは3月に北京にも行きたかったんですが震災があり断念しました。
2011年は私にとっても日本中にとっても本当に「annus miserabilis」だったんですが、次の年は「annus mirabilis」(驚異の年)になってほしいものです。
輸入ものの食品や日用品、本、文房具、化粧品などを売っている広尾のナショナル麻布スーパーマーケットが建物の老朽化のため本日をもって閉店しました。
広尾地区は、会社の研修センターがあった関係で、けっこうよく訪れる場所でした。若手社員のころ、TOEICのテストやら英文ライティング研修やらビジネススキル系の研修やらでちょくちょく研修センターに行っては、帰りにはここのスーパーに立ち寄って外国人の買い物客を見に行ったものでした。だいたいがアメリカ人で、仕事で成功しいっぱい稼いでこういうスーパーで買い物できる身分になっているのを見るにつけ、これから仕事頑張ろう、英語頑張ろう、頑張ってこういう人たちみたいに成功者になりたい、と思ったものでした。
そうこうしてるうちに、何年かたつと研修センターが他の場所に移転してしまい、またここのスーパーで売ってる輸入品も、今ではネットで現地価格で買えるようになりました。何よりも、アメリカの今の状況を見るにつけ、アメリカが必ずしも成功者の目標でなくなったということがあります。
このスーパーは私にとって非日常の空間を与えてくれた夢の場所だったんですが、時代の移り変わりとともに、成功のシンボルとしての役割は終わったのかもしれません。このスーパーがなくなった今、もう広尾に行くこと自体、あまりないでしょう。
大学に通っていたころ、最初の2年間はいわゆる「一般教養」の授業をとらなきゃいけなくて、英語や第二外国語や化学、数学から、東洋史学、国文学、国語学までバラエティーに富んだ科目がありました。ほとんどは専門(工学)とは関係ない授業ばっかりで、こんなの取って何の意味があるんだろう、そんなこと教えるぐらいならもっと専門の実用的な科目を教えてくれればいいのに、まだ専門学校のほうが実学を教えてくれるだけましなんじゃないか、と思ったものでした。
でも、社会に出てしばらくして、「人間、最後には教養がモノを言うんだな」って気づいたわけです。実用的なこととか、仕事に関係のあることを身に付けるのは当たり前のこと。それ以上に教養が人間の価値を決めるんですね。
大学の英語の時間に、教材にヨーロッパの宮廷恋愛の話を使っていたのがありました。
ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクの原作で、のちにワーグナーという人がオペラにした話なんだけど、トリスタンっていう騎士と、国王に嫁いだイゾルデという妃がお互いに恋する。当然、妃のほうは人妻なのでこの恋は"不倫"になるわけで、人目を忍びながら逢瀬を重ねるんですが、最後にはお互いが破滅するという形で終わる、というストーリーです。
「そんなのオレの専門に関係ないじゃん」って授業受けてたときはそう思ってたんですが、この話は特に欧米では常識みたいなもので、知らないと恥、というより、常識を疑われたりするんですね。
一見、無駄だと思えるようなことが、人間の奥行きを広げてくれるってことは、けっこうあるもんだな、と思うのです。これを、機械でいう"遊び"、英語に訳すと"play"、可動部分の中のすき間部分のことをいうんですが、人間にもこの"遊び"の中から教養が生まれたりするんですね。ハードワークだけが人生じゃないし、無駄をなくすことが善、というわけでもないんです。
たとえば、休日。私たちは、せっかくの休みだからついつい"有意義に過ごそう"として、わざわざ行楽地に疲れに行ったりしてしまうことがよくありますが、休日って英語で言うとvacation、つまりvacant(空)なものであって、vacationというのは「何もしない日」っていう意味なんですね。休日というのは"何もしないでぼーっとする"のが正しい過ごし方であって、"時間を無駄に使う"ということこそ最高の贅沢なんだと思うんです。
日本人って、そこのところをあまりにもなおざりにしすぎたんじゃないかな〜と思うんです。"無駄を省く"ことに躍起になってしまって、"無駄"な贅沢を楽しむことに罪悪を感じる人が多いというか。でもその"無駄"こそが"遊び"であって、重要な部分だと思うんです。
キャリア形成でも、"遊び"が将来のために役立つことがあったりします。本業に打ち込むだけじゃなく、違う分野について勉強する、異業種の人と会う、あるいは部屋の中でぼーっと考えるだけでも、仕事と直接関係なくても、将来のヒントになるかもしれません。
長い目で見れば、人生で無益なところなんて何もなくて、ただボケーッとしてるだけでも、生きてる限り、何かの役に立つこともあるんだと思います。
先週は、イギリスにどっぷり浸かってきました。
もともとはアメリカ一辺倒だったんですが、森薫の「エマ」と出会って以来ここ数年はむしろイギリスのほうに興味がシフトしていってまして、まずは初日は毎年恒例の國學院栃木高校の文化祭「國學院祭」のミュージカル部公演「Oliver!」を見に行きました。
「Oliver!」は、以前にも書いたとおり、イギリスのチャールズ・ディケンズの小説「オリバー・ツイスト」をもとにしたミュージカルで、孤児となって救貧院に入れられていたオリバー・ツイストがスリの一味に引き入れられながらも、財布をすろうとした相手の金持ちに拾われて幸せになるというお話です。
今年も講師の三枝幹音センセイはお元気でいらっしゃいました。
ということでまずイギリス気分に浸ったあとは、クルマを走らせて福島県のブリティッシュ・ヒルズに向かいました。ここは神田外語学院の研修施設で、20ヘクタールほどの敷地内にはイギリス風の建物が建ち並ぶ場所です。もとは神田外語学院の学生用の施設だったんですが、数年前から一般にも公開されています。スタッフの半分以上は外国人で、公用語は英語。日本人従業員も英語で話しかけてきます。
栃木から2時間ほどでブリティッシュ・ヒルズに着きました。最寄りのインターから30km以上離れた山の上にあります。門をくぐると、周りの標識がいきなり英語に変わります。まるで国境を越えたような感じになります。
このごろFacebookやTwitterばかりでこのブログはすっかりごぶさたですが、生存報告です。
さてここ数ヶ月、英語版のブログのトップページのデザインが変になってて、Flickrのサムネイルやサイドバーが見えなくなっていたんですが、今日解決しました。理由は簡単、</div>タグをコメントアウトして<!-- /div -->にしようとしたところ、間違えて<!-- /div>になっていたのでそれ以降のページデザインに影響していたのでした。
2年9ヶ月ぶりにまたクルマ買うことにしました。今住んでるところはクルマがなくても生活できるところということで選んだのではありますが、それでもやはりクルマがあるとないとではQoLがはるかに違うのであって、ちょっとした遠出をするのにも、コストコでかさばる買い物するのにも、ストレス解消で走りに行くのにも(笑)、クルマがあったほうがいいわけです。そもそも運転大好きな私が2年以上も足をもがれているというのは健全ではないわけで(爆)。
レンタカー借りればいいじゃん、と言われそうですが、やっぱり借り物と自分のクルマとでは全然違うというのがあります。
ということで、去年の暮れにボーナスが出てからというもの、クルマを探し求めていろいろネット検索したり車屋を探し歩いたりしてました。まず、小さいクルマに、それもマニュアルで乗ってみたいという願望がありました。イギリス人の真似したかったというのが1つ(彼らはほとんどMT車に乗るそうです)、小さいクルマならMT車のほうがよく走るだろうというのが1つ、MT車のほうが運転して楽しいというのが1つ、そして、今後出てくるであろうハイブリッドカーや電気自動車は、ほぼ例外なくATかCVTになると思われるので、MT車を運転できるのはこれが最後になるだろうと思ったというのが1つの理由としてあります。
ということで、条件に適したクルマが見つかりました。プジョー307スタイル(2002年式)、乗り出し価格38万円也。
駐車場見つけたり車庫証明取ったりに手間取ったので、手続きに1ヶ月以上かかっちゃいましたが、なんとか今日納車を受けることができました。
火曜の夜に戻ってきました。今回は観光旅行ではなく出張だったのであまり街をいろいろ見ることはできなかったですが、なかなか怪しくて面白いところでした。
ということであんまり写真はないですが、Flickrに写真をアップしました。
香港や台湾は以前行ったことがありますが、大陸は行ったことがありませんでした。似てるところもありますがそうでないところもありました。上海では歩行者が横断歩道を渡っていても横から車が突進してきます。大陸では車優先で、歩行者が横断歩道にいようが車は減速すらせず、歩行者のほうが車の流れを見て渡らなければならないようです。タクシーに乗ったときも、運ちゃんは道を横断しようと荷車を押していたおばあちゃんに激しくクラクションを鳴らしてどかせ、横断歩道を渡っている歩行者の集団に突進していってました。
浦東地区は高層ビルがいっぱいで、どれもド派手なライトアップ。日本じゃ見られないようなイルミネーションがいっぱいでした。
食べ物は美味しくて、しかも日本よりずっと安い。辛い湖南料理にニンニクを大量に食べても、次の日腹を壊さずしかも口も臭くならなかったのはびっくりでした。
セキュリティチェックは日本より進んでいるようで、地下鉄の駅の入口や大きなビルの入口には手荷物検査とボディチェックがありました。ただボディチェックはかなりおざなりにやってましたが。
ともあれ、上海は日本から近いし、もうちょっと暖かくなったらまた行ってみたいです。今回はちょっと寒すぎて歩き回れませんでした。。。
2011年(平成23年。皇紀2671年)明けましておめでとうございます。
皇室の弥栄、国運の隆昌、国民の安寧を祈念いたします。
本年もよろしくお願い申し上げます。










